ゴマちゃんフロンティア

気まぐれと勢いで作るUnityゲーム開発日記です。

「自律神経失調症」が(ほぼ)治るまでの体験談と治ったきっかけについて考えたこと

time 2018/12/01

今回は私のブログにしてはややシリアスな話題になります。
日頃のゲーム開発やお出かけ日記からは離れた内容になりますが、今回どうしてもブログに書いておきたかった内容なので、あらかじめ断った上で書いていこうと思います。

タイトル通り、私は所謂「自律神経失調症」を発症しており、ずっと突発的な吐き気に悩まされていました。医師からは軽度の症状であると言われましたが、それでも精神科に通って頓服薬を処方してもらわなければ耐えられないほどでした。
特に外出時は酷く悪化し、一時期はファミレスを始めとした飲食店や床屋も満足にいけないようなレベルになったこともあります。

頓服薬を使用してもダメなときはダメですが、使わない時より明らかに楽になることもあるので、症状が起きそうになったらとにかく飲むしかありません。他の内科や眼科の通院もあるので、おくすり手帳はまさかの2冊目に突入してしまいました。

このつらさを共感できる人に出会ったこともなければ、同じ症状の人に会ったこともありませんが、自律神経失調症と戦っている人に少しでも参考になればと、私の体験談を書いてみようと思いました。

先に私なりに結論付けた、自律神経失調症が治ったきっかけを挙げておきます。
それは「自信を付けること」と「理解してくれる人を作ること」です。
これだけ言っても現在進行形で自律神経失調症の方には納得いかないと思うので、以下に私の治るまでの経過と、そう結論付けた理由をご紹介します。

私の体験談に基づく考察なので「こうすれば治る」という内容ではありません。
そもそも自律神経失調症自体、人によって原因や症状が全く違うので、あくまでも参考程度にご覧ください。

症状

私の場合、「不安や緊張を感じた時に吐き気が出てくる」という症状が出ました。
吐き気というか、喉が締め付けられるように苦しくなり、ひどい時は空吐きを何度も繰り返すようになってしまいます。
前述の頓服薬である程度は抑えられますが、それ以上に症状が強くなると意味を成さなくなります。

この症状で何よりもきつかったのは「目に見える症状として出ないこと」です。
熱や風邪の症状が出るわけでもなく、もちろん外傷もないので、周りから見れば「なんで(この程度のことで)体調不良を訴えているのか」という目で見られます。
「緊張すると体調が悪くなる」と説明すると「度胸がない」とか「気持ちの問題」とか言われます。「精神病」とか言うと尚更白い目で見られるので、なるべくばれないように立ち回るしかありませんでした。

経過と完治までの経験談

自覚

最初に症状が起きたのは小学校の低学年の頃です。
襟元の開いた服を着ていたのに、妙に首元が苦しくなる感覚がありました。行動不能になるほどではないのでその時は気にも止めませんでしたが、今思えば明らかにおかしかったですね。
その後は高学年になるにつれて意識する機会は多くなりましたが、特に日常生活に支障が出るほどではありませんでした。「組み立て体操の土台役」とかも問題なくこなしていましたからね。

中学~高校時代

人間関係や行事が多様になってくるにつれ、嫌でも持病のことを意識してしまう機会が増えてきました。
まだ持病について知らなかったので、症状が出ても「周りの人がやっているのだから」という考えから、気合で乗り切るしか選択肢がありませんでした。

あれこれ厳しい行事はありましたが、特に運動会の「むかで競争」とか地獄でしたね・・・。1人だけ止まるわけにもいかないので、あらかじめ不調を訴えて回避するしかありません。
同じ運動系でも競歩大会はマイペースで走れるのでむしろ楽だったりします。

この持病が絶頂だったのが高校3年の修学旅行です。4日間あるうちまともに動けたのが2日目だけで、他の日は食事すらも満足に取れませんでした。
見学施設についても自分だけ入口待機です。そんな有様だったので、沖縄県の魅力はほとんど知ることができなかったと言えます。

精神科に通い始めたのはちょうど修学旅行から帰ってきた後で、そこで初めて自律神経失調症というものを知りました。
ただし、その診断を受けて安心した面もあります。「その人の特性」とかはどうしようもないですが、「病気」であるのならば治る可能性がありますからね。

進路を決める時期にはかの有名な「HAL東京」にあこがれがあり、オープンキャンパスに行ったりもしましたが、新宿駅構内を歩くだけで行動不能になるこの持病を抱えての上京は絶望的だったので、無難に地元の専門学校を選ぶことになりました。
「勉強できる内容」とか「入学難易度」とかより前に「持病を抱えてやっていけるか」を最優先に考えなければならない自分にガッカリしました。

専門学校時代

曲がりなりにも「商業の競技会で県1位」「検定1級4冠による表彰」などの活躍はあったためか、地元の専門学校にはさくっと入ることができました。
この頃には自身でも持病の原因と症状について把握していたことや、専門学校故に体育や学園祭といった(持病的には)拷問のようなイベントがないこと、高校時代より友人関係に恵まれたこともあり、高校の頃よりは快適な生活を送っていました。
何より持病について理解できたのは大きく、「発生を予期して薬を服用」「持病的にリスクのある選択を避ける」などで、症状はありつつも上手くコントロールできるようになりました。

それでも症状自体は毎日のように起きました。特に就活が近づくに連れて嫌でも社会を意識しなければならなくなり、就職氷河期ということもあって不安要素が多かったのも向かい風です。
とはいえ就活しないわけにも行かないので、やはり薬に頼って乗り切るしかないです。すごい勢いで減っていくため、2週間に1回は通院していました。

就職~現在

緊張するとダメな私にとって就職活動の面接は一番の修羅場になりえるイベントでしたが、数社落ちたところで幸運にも地元のIT会社に合格。(半分コネみたいなものでしたが・・・)

後述しますが、その会社であれこれ経験しているうちに、徐々に症状が起きる頻度が少なくなってきました。
新人の頃は仕事のほぼ全てが未知との遭遇で大変でしたが、年数が経つに連れて徐々に社会人としても技術者としても成長していきました。特にあるプロジェクトの設計から開発、テストまでを1人でこなした時は大きな自信になりましたね。
持病が改善していったのはそのあたりの経験が大きいと思います。

良くなってきてはいますが、今でも症状が出るときはあります。本記事のタイトルに「ほぼ」と入っているのはそのためです。
ただ元々が心配性な人なので、不安や緊張というものが苦手ということだと思います。
ちなみに直近で最もやばかったのは、ディズニーランドの「スプラッシュマウンテン」に乗るときです。絶叫系アトラクションが苦手なので、周りが楽しそうに順番待ちしている中、自分だけガタガタ震えて恐怖の形相でした。
逆にそれ以外ではほとんど発生せず、起きたとしても薬を服用すればすぐに落ち着くレベルです。

これまで全然出歩けなかった反動からか、今ではやたらと遠出したり東京のセミナー・カンファレンスに出たりするようになりました。そのおかげで県外に知り合いができたり、自分の新しい道を見出してくれる人に出会えたりと、良いことがたくさんありました。
更に今では山梨から県外へ引っ越そうと思えるようにすらなってきました。
自分の将来を決める決断のときに、持病のことを全く考えていなかったと振り返った時には、「もう私は病気を言い訳に生きていかなくて良いんだなー」と、心から嬉しかったです。

治ったきっかけと思われること

自信を持ったこと

心配性な私はリスクを嫌い、持病のことも相まって非常に保守的な生活を送っていました。変化を嫌う性格とも言えます。
ただし不安な物事から目を背けていると、それをいつまで経っても経験しなくなってしまいます。そのまま放置すると、その後の人生で絶対にやらなければならない局面に遭遇した時に非常に厳しくなります。
私が正にそれで、社会人になって仕事やら出張やらで未経験のことをあれこれする羽目になったので大変なことになりました。

しかし、物事を1度経験してしまえば不安要素はぐっと減ります。「使ったことのない技術」や「出張先までの電車の乗り換え」も、慣れてしまえばなんてことはなくなりました。人間の適応力ってすごいですね。
その経験から得られるものは「自信」です。未経験の八方塞がりな状態と比べ、「1度乗り切っているのだから、次も大丈夫だろう」という気持ちの余裕が持てるようになり、精神的に圧倒的な違いがあります。
前述した就職活動の面接も1社目がとにかくきつかったです。それを乗り切れば、たとえ落ちたとしても面接の勝手が分かるようになります。

このように、自分が様々な経験をすることで気持ちに余裕ができ、また経験則からの自信が持てるようになります。
私はこのことに気付いて以降、事前に準備・経験できることはなるべくやるようにしました。会社の内定獲得後に一度会社までの通勤ルートを通ってみたり、仕事で新しい技術を使うときはそのことについて調べて何となく把握しておいたりなどですね。
これが私の「緊張するとひどくなる」性質には効果大のようで、社会人になってからの経験も相まって、徐々に症状の頻度が少なくなってきました。

周りに理解してくれる人がいたこと

私の場合は他でもない、家族 (特に母親) が該当します。
人間誰か頼れる人が身近にいるだけでも全然違うものです。少なくとも理解してくれる人は病気のことを把握した上で行動してくれるので、安心感にもなります。

とはいえ、私の家族もすぐに理解してくれたわけではありません。ではどのタイミングかと言えば、「精神科に行って診断してもらったとき」です。
公の病院で直々に言われたのであれば、よほどの家族でない限り何かしらのアクションを取ってくれるでしょう。
なので自分に変な症状があると思ったら、躊躇せずに病院に行きましょう。1人で抱え込んでいてもつらいだけです。
理解してくれる人がいる状況なら、先ほどの「物事を経験して自信を持つ」ことがやりやすくなります。症状が出てもカバーしてくれますからね。

あとがき

そんなわけで、私の抱えていた持病について区切りをつけるべく、その経緯と克服方法について書いてみました。
精神病なので自分が変わるしかありません。見も蓋もない言い方をすれば「強くなる」しかないです。
こんなことを現在悩んでいる方が言われても困るかと思いますが、私のように20年かけて良くなった人も言るので、焦らずに向き合うことが大切です。

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